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安田先生メッセージ集

安田先生から全国の子供達、先生方への心のこもったメッセージ集です

楽しいからこそ
熱中し
自ら育つ

平成二十四年七月十五日 安田祐治

いややなあと思った時 どうするか
わたしがいけば できると 思うなら
気は進まずとも 出ていこう。

僕だけがなんでやと思っても
僕がしてやるのが一番よいというのなら
とにかくやってやろうやないか。

自分だけ反対してるのは かなんけど
悪いことだと わかっているなら
やめておこうと言おうやないか。

昭和五十四年二月二十八日
安田祐治

自分で考え自分で工夫し自分で創り出そう
人の心を知り力を合せ助け合おう

安田祐治

先生おもしろいなあ
もっとやろう
あしたもしよう
しばらくつずけよう

くふうしたら
おもしろくなったなあ
ここ こうかえよう
これ 運動会でもやろう

平成十年八月
安田祐治

皆はグループの顔をたしかめた
「みんないます」先生さらに確める
子ども先生 みな眼は輝いている

子どもは先を争って走る登る滑る
優劣の差は歴然と明白になる
素直に受けて 自分のねらいを悟る

個人差の大きさを 覆い隠すな
広い分野の中に光る個性は少なくない
互いに認め合い 活動の場で生かされ合うのだ

平成十四年八月一日 安田祐治

稚ない(いわけない)脳の素晴らしさ

よちよちよちと走ってくる児ども達
赤青黄緑 梯子見る ここあっち 上
近づく触る 登り出す 降り又登る

上で見渡し 片手出す 横桟握る
手足順によくぞ動かす 先生呼び跳ぶ
二本の桟に跨って 足振り夢中

下から見上げて背伸びする 手がとどく
雲梯握ると足離れ 宙ぶらりん
足腰上げて 腰かけて こうもりさん

やる気 熱中 喜び 生き生き育つ

平成十六年八月四日
安田祐治

自分の思いで始める
自分の力いっぱい出す
自分のやり方で進める
決めためあて目指して続ける
へこたれない がまんもする
出来たら嬉しい一つひとつ乗り越える

仲間と一緒だ いろんな人がゐる
合わないことも多い 話し合ってわかる
ねらいは同じだ手を取り合っていく
得意は皆違う それが合うと強い
ほめ合う 高め合う 喜び合う
違うみんながそれぞれ力いっぱい
出し合うからやれるのだ

平成十九年八月

子ども達に本当の
喜びを得させるために
子ども達に全身全霊を打ちこんで
熱中出来る場を用意してやるために
将来の日本を
そして世界を背負ふ子達の
発育成長を本物にするために

安田祐治

教え込むとき
得意な者は満悦
不得意な者は劣等感
真の楽しみ少なし

今出来る業に
熱中すれば高まり
楽しみは体中に満つ
意欲と歓喜によって
正しく美しく逞ましく育つ

平成二十二年八月三日
安田祐治

ねらいと計画の成果

子どもは生き生きと動いている
目は大きく開いて輝いている
耳はすべてを聞き取っている
息は勢いよくはずんでいる
足はす速く地を蹴っている
手はたくみに動いている
どの子も それぞれ
全身が躍動している
子どもは生き生きと遊んでいる
めあてを持って張り切っている
約束はよくわきまえて守っている
互いに力を出し合っている
工夫をこらして高めている
より難しい技ややり方に
挑戦している
楽しさをより大きくと頑張っている

二〇〇一年八月二日
安田祐治

子どもは言う

おもしろいなあー
がんばり がんばり
やったらできる
ぼく出来るようになったんやで
先生!がんばり豆だぜ、見てえ
もう一回やろう
先生しんどかったな、でも又やろうな
先生もうやめんの、まだやろう
あしたつづきしような

平成九年八月
安田祐治

自主自由な子ども

子どもがやりたいこと
それがすぐ倦きることや
わが儘勝手で
ないことであるのは
先生の緻密な考えと
読みの深い見通しがあるからだ

子どもの好きなやりかた
それがすぐ行きづまったり
他人迷惑で
ないことであるのは
先生の細やかな心くばりと
見事な計画があるからだ

二〇〇〇年八月
安田祐治

わあー面白そうだ やってみたい
見てすぐ 聴いてすぐ 動き出すのが子供だ
わたししない おもしろくない
気の進まない子 心のはずまない子がいる
こわーい あぶないからいやだ
手が出ない 足も出ない 尻込みする子

誰でも出来る 今すぐ出来ることからやろう
みんなが動く流れの中で意欲は湧く
自分が行ける道を 自分に合ったやり方で
皆と一緒に動いていく

一緒であって それぞれであって
みんな 夢中になっている
楽しく熱中して力を出し切っている

平成十五年八月八日
安田祐治

失敗し ぶちあたり
その度毎に 強くなる

こんな運動会でよいのか

先生が考えるか、習ってきた種目を、
そのままストレートに子ども達に教え込んで(訓練して)運動会に披露する。
このような演技では、子ども達は「間違えたら大変だ。」と
真剣な(恐怖心?も交えた)顔をして活動している。
拍手喝采してもらってはいるが、本当に熱中して活動した満足感を得ているだろうか。
子ども達1人ひとりが意欲を持って遊んで参加し、
全身の力(心身の)を注ぎ発揮して(熱中して)活動し、
満足感にひたって終ることの出来る運動会はやれないのだろうか。
そうでなければ、保育・教育としての運動会とは言えないのではなかろうか。

安田祐治

巻頭言
子ども達の眼は先生に集中してゐる
先生の眼と口元を観つめてゐる
そして先生の動きをとらへてゐる

先生が一口言った子ども達を見乍ら(みながら)
一言しか言わないのに
ひとりひとりが素早く動いた

言はれたから動いたのではない
待ちかねていた言葉だったからだ
ひとことにそれぞれが応じて
それぞれの動きをした

巻頭言

赤く顔が上氣し
激しく息がはずんで
開いた眼も輝いて
どの児もどの児も
夢中になってひたり切ってゐる
遊びに熱中してゐる児らを
はっきり観てとらへやう

巻頭詞

子ども達は 求めてゐる
思い切り力を出して
動きまわれることを

子ども達は 知ってゐる
あるだけの力で動く
遊びが 楽しいことを

子ども達は 先生が
力いっぱい遊べるやうに
してくれる手だてを待ってゐる

巻頭言

子ども達は 信じてゐる
先生の一言が自分達を
はずませ とばせることを

子ども達は 待ってゐる
先生の一言で自分自ら
とび出し 走り出すために


子ども達は張り切ってゐる
先生の一言を自分のものにし
自由に広げていこうと

巻頭言

日々楽しい
遊びに熱中
達は激しい
遊びで満足
毎日没頭する
遊びの蓄積
遊びによって子どもは
発育し人間を形成する

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